Downies EP by DOWNIES

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NY、ブルックリンのDOWNIES(FacebookSoundcloud)は、今年の3月に彼らがSoudcloudにアップしたたったの1曲のみで、USインディーのリスナーの間では話題騒然となった「スーパーグループ」だ。

Elvis Depressedlyの「New Alhambra」のリリースを皮切りに、Teen Suicideの「waste yrself」・「i will be my own hell because there is a devil inside my body」の2枚の傑作のヴァイナル再発、ex-Kiss Kiss Fantastic・・・という経歴すらもはや語られることがなくなってきたほどに大ブレイクを果たしたR.L.KellyとのSplit EP「Brown Horse」で話題を呼んだSpencer Radclife(彼はもともとBlithe Field名義で活動していて、Ricky Eat AcidとのSplit EPは2012年を代表する傑作の1枚であった)のアルバム「Looking In」など、これまでのレーベルのスタンス、扱うアーティストのテイストからは異質に思えるRicky Eat Acid周辺(←この言い回しを僕は当ブログのスタートから一貫して使い続けてきたが、そろそろ他に適切な言葉がないものかと思っている)のアーティストたちのリリースに本格的に乗り出したRun For Coverからリリースしたシングル「Three Songs」で更なる飛躍を遂げたLVL UP(BandcampFacebookTwitterTumblr)と、PORCHES(BandcampFacebook)のメンバーから成る、まさにUSインディーの「スーパーグループ」であるDOWNIESの存在がリスナーの間に広まったのは、Stereogumのこの記事がキッカケだったように思う。LVL UPのlo-fiサウンド、Porchesのエレクトロニックなサウンド、そのどちらからもかけ離れたMarked Men的な2000年代のパンク/パワーポップ・サウンドはStereogumの記事掲載以降、英米のメディア/ブログで多数取り上げられたこともあって、デビューシングルのリードトラックとして公開された”Widow”はSoundcloud上でリスナーから多数のRepost/Likeの嵐を呼び、その再生数は瞬く間に跳ね上がっていった。(このエントリーを起こしている2015年10月4日現在、件の”Widow”の再生数は12万4千と恐ろしい回数になっていることをここに記しておく)

その後、バンドは自身のFacebookにてデビュー・シングルのレコーディングが終わったこと、テスト・プレス盤がすでにバンドの手元に渡っていることをアナウンス、また、4月よりスタートしたツアーにおいてシングルと同内容のカセットを限定で販売。NYを中心にライブを重ね、”Widow”の公開より約半年、ようやく1stシングル「Downies EP」を彼らのBandcampにてデジタル/7インチそれぞれのフォーマットにてリリースした。

プロデューサーにはRonnie Stone(80年代よりレコーディングエンジニア/プロデューサーとしてのキャリアを積み、Ronnie Stone Managementを運営する一方で、自身のシンセ・ポップ・ユニットRonnie Stone & The Loneley Ridersを結成し、今年8月にはアルバム「Møtorcycle Yearbook LP」をリリースしている)を迎えた本作は、リーダートラックの”Widows”を聴いた時点で想像していた以上に、DirtnapやALIEN SNATCH!直系のパンク/パワーポップ・サウンドが炸裂した一枚になっており、全5曲でトータル7分に満たないショート・チューン連発ながらも各楽曲のアレンジメント、コード数/進行が多彩であるため、尺こそ短いが印象としては非常に濃厚・濃密な作品。スラッシュ・チューンのTrk-4”Theme”にはDean DirgやDie Rotzzあたりの影響が見え隠れするし、ポップなTrk-2”End”やTrk-5”Vice”などはSonic AvenuesやSteve Adamyk Bandを彷彿とさせるものがある。2000年代以降のパンク/パワーポップがいちリスナーとして音楽と向き合ううえでのひとつの「契機」となった僕のうような人間にとっては、正直なところ込み上げるものがあった。

さて、いま僕が興味あるのが、LVL UP/PORCHESのそれぞれのファンや、USインディーのリスナーにこのシングルがどのように受け取られのか、そしてパワーポップ/パンクのリスナーは本作を聴いてどのように思うのか、ということ。近年、インディーポップもパンクもパワーポップも好んで聴く、というリスナーは増えてきているように思うのだけれども、当たり前のことながらもその出自というか、大袈裟な言い方をすれば「ルーツ」の部分というのは各自それぞれ違ってくるわけで。色んな場所でジャンルの「壁」が依然として存在することを強く認識させられることが多い(個人的に、だけれども)。僕自身はこの数年、ジャンルの細分化よりもボーダーレス化のほうに関心が向かっているのでこういう作品は大歓迎なのだけれども、本作に対峙するリスナーのひとりひとりにとって、この音楽はどのように聴こえるのだろうか。果たして。

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