Peripheral Vision by Turnover

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当ブログの活動を自粛していたこの1ヶ月、僕はとにかく音楽を聴きまくった。この1ヶ月の間にBandcampやiTunesなどでデータ購入した枚数が89枚。フィジカルで購入したものが65枚(そのほとんどがブックオフで投げ売られているものだけれども・・・)。フリーでダウンロードしたもの、または購入には至らなかったがネットでチェックしただけというものに至っては数え切れないくらい。ジャンルなんかもうバラバラで、気になったアーティスト、レーベルなどを掘りまくって片っ端から聴いた。現行の音楽だけでなく、例えば久し振りに聴き直したGram Parsonsの1st「GP」に、偉大なるRadio Birdmanもカバーした名曲”Don’t Look Back”でお馴染みの60’sガレージ・バンド、The RemainsのBarry Tashianが参加していることに気がついて驚いたりとか。それから、もう20年以上聴いているけれどもThin Lizzyに再度ハマって、何度も何度もリピートして聴いた。特に、ラストアルバムの「Thunder and Lightning」!僕は音楽を聴き始めたのがメタルからだったくせに、「Thunder and Lightning」はそのメタル寄りのサウンド・プロダクションが花についてしまってあまり好きではなかったのだけれども、何故かいまは不思議なくらいにしっくり来たりして。これまで、Tygers of Pang TangもBlue Murderもソロ(”Please Don’t Leave Me”!!)も好きなくせに、リジィをメタル化させたA級戦犯としてジョン・サイクスを疎ましく思っていたことを心底後悔したりとか。「Thunder and Lightning」って、Judas Priestの「British Steel」的なアルバム、と考えるとその音楽性の変化にすごく納得がいったり。それから、これは極々個人的な趣味レベルになってしまうのだけれども、80年代後半~90年代初頭くらいにまだ「V系」という言葉もなく、その際立ったビジュアルをして「髪立て系」とか「お化粧系」なんて揶揄されがちだった日本のメタル・バンド、Mein Kanmpf~AIONとかVIRUSとかRosenfeldとかGargoyleとか・・・そういったバンドをリアルタイムで聴いていた身として懐古的にではなく、正しくスラッシュ・メタルの文脈に置き直して再評価する(それはあくまでも自分のなかでのみ、だけど)っていうのが楽しくて仕方なくて、色々と遡って調べてみたりもした。90年代の、そういったのちにV系の始祖的な扱いを受けるバンドたちと、アンダーグラウンドなシーンでメタルを追求していたバンドたちとのミッシング・リンク的な存在、例えばのちにRosenfeld、Narcotic Greedにそれぞれ加入するメンバーを輩出したスナッグル・トゥースのデモ音源だとか、そういったバンドたちの音源って市場に出回ることは今後まずないだろうし、再発の可能性があるとも思えないけれども、この辺の音楽を発掘して体系化していくムーブメントが起こったら面白いのにな、とか思ったり。(余談だが、Narcotic GreedのギタリストWarzy氏が80年代に在籍していたInzestのソノシート「Another Religion, Another Violence」の音源を先日YouTubeにて発見したときの僕の感動といったら!)

そんな風に、すべての音源を隅から隅まで聴き通せないくらいに音源を買いまくった理由っていうのは、とにかく、いち音楽ブロガーとして自分のDIGが全然足りないと思っていたから。音楽に狂って、音楽に生きる毎日を自分に取り戻したかったから。そんな音源のなかから、当ブログを再開するに当たって一発目のレビューに相応しい音源ってなんだろうと考えていたのだけれども、つい数日前にリリースされたばかりのTurnoverの「Periheral Vision」をセレクトすることにした。僕はまったくノーチェックだったこの作品を、Bandcampのファン・アカウントでフォローしている人、それもあまり普段マークしていない人が購入していることで知ったし、「DIG」っている人ならおわかりいただけると思うけれども、全力で盤を掘っていると音楽のほうからこっちにやってきたみたいな、そんな縁とか運命のようなものを感じる作品との出会いっていうのがたしかにある。このアルバムは僕にとってそういった作品だと思っているし、そうでなくても個人的に現時点では2015年の年間ベストアルバム候補の最右翼。Turnoverのアルバム「Periheral Vision」にはそれほどの感動を覚えた。

米ヴァージニア州のインディー/DIYバンド、Turnover(FacebookTwitterWebTumblr)は2009年結成。2011年に1stEPである「S/T」をリリース。

これはバンド名にFugaziの楽曲のタイトルを掲げたであろうことからもわかることではあるが、彼らの出自は怒涛の疾走感を体現したTrk-1の”Shisa”に明確に表出している。すなわち、DIY、またはポストハードコアであり、このアグレッションをベースに、スクリーミーながらもメロディーを重視したこのEPが彼らのスタート地点であったことは、のちの彼らを語るうえでも特筆すべきことであろう。

その後、 彼らはボストンを拠点にするBroken Rim Recordsから「S/T」の再リリース、また同じくボストンのインディペンデント・レーベルRun For Cover Recordsとライセンス契約を締結、2012年にデトロイトのCitizenとのSplit 7′のリリースを経て、2013年には同レーベルより1stアルバム「Magnolia」を発表。

Title FightやCirca Survive、またはローリン・ヒルやKeaneといった大物アーティストを手がけたWill Yepをプロデューサーとして迎えた本作は、前EPよりも歌モノ路線に寄ったというか、前作で目立った尖ったサウンドは幾分か鳴りを潜めて、よりその「歌」を聴かせる方向へとシフトした作品であった。ここで彼らが選んだアプローチは、正しくポスト・ハードコア的な流れでのエモ・サウンドの展開であったといえるだろう。

その後2014年にバンドはBroken Rimから、もともとはアコースティックのセッションから作られた楽曲を集めたというシングル「Blue Dream」のリリースならびに、Ivy League TX、Maker、Such Goldとの4way Splitに参加、新曲”I Would Hate You If I Could”を提供している。特にその後アルバム「Perihepral Visions」にて再録される”I Would~”がバンドの今後を示唆するような、これまで発表してきた楽曲の中でもっとも「POP」という言葉が似つかわしいものであったことは見逃せない。

そして、各メディアでのプレミア公開などを経て、2015年の5月、まさに数日前のこと、バンドはニューアルバムの「Perihepral Vision」をRun For Coverよりリリースした。

ポスト・ハードコア・バンドがエモ的アプローチによる歌モノ路線をさらに突き進めた結果、本作で辿り着いたのがまさかのインディ・ポップ/ドリーム・ポップ的サウンドであり、いわばThe Smithsishな楽曲群であった・・・というのは衝撃的であったし、海外メディアを中心に絶賛の嵐となっているのも納得のいくクオリティーの高い楽曲群。前作で象徴的だったエモ的なギターサウンドが、本作ではシューゲイズ的なアプローチにとって替わっていることにも、またそれがすんなりと楽曲に馴染んでいるのにも驚かされる。・・・それよりも。本作から流れてくる清廉な「音」の数々は、木芽時を過ぎて嫋やかに茂る木々から覗く木漏れ日のように透きとおった美しさと生命力を宿していて、耳を傾けているとその浄化作用によって心が澄まされるかのような感覚すら覚える。ここでは過去の彼らの直情性は、一見穏やかに見えるが芯の強いしなやかさへと変容している。これは、決して日和っただとかセルアウトしたとかというのではなく、きっと彼らの音楽、または生き方に関する「強度」の在り方についての意識が変わったという、要するにそういうことなんだと思う。

本作を聴いていると、僕は先日読了したばかりのThe Whoのピート・タウンゼント自伝「フー・アイアム」において、ピート・タウンゼントがThe Whoの熱心な支持層であったNYのファンたちについて綴った一文を思い出す。

ザ・フーは新しい概念を提案した。音楽における破壊活動は芸術である。ザ・フーは新たな規範を作りあげた。倒れたって、また起き上がればいい。ニューヨーカーたちは、だから私たちを気にいってくれたのだろう。ニューヨークのファンはザ・フーとともにそんな規範を何年も、ほんとうに倒れて起きあがれなくなるまで守り続けてくれた

活動の最後には疲弊し切って終焉を迎えてしまった(リユニオンはしているけれども)とはいえ、時代とともに生きることを選択し、その結果何度も傷ついて倒れて、またそのたびに立ち上がっていったThe Whoの姿が、作品毎音楽的様式を変えながらも前進していくTurnoverの姿に重なって見える。そうなんだ、何度倒れても、また起き上がればいいんだ。そんな勇気を、これから僕はこの「Peripheral Vision」から与えられ続けるんだと思う。傷ついて倒れるたびに、ほんとうに倒れて起き上がれなくなるまで。ずっと。何度も何度も。

 

それにしても、Run For CoverはもうすぐOrchid Tapesと共同リリースでElvis Depressedlyの新作をリリースするし、CryingとかPity Sex、Young Statuesをリリースしていることを例にあげるまでもなく、「インディー」の多様性にフォーカスしようとしているかのようで、ここのリリースものを一枚一枚しっかりと追ってみたくなるなあ、と。

カテゴリー: diy, dream pop, indie pop, post hardcore パーマリンク

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