[PSTnet​-​012​]​ Never Want! / Hello by Tokyolite

Tokyoliteに世界で最も情熱を注いでいた友人、Marteen Luに捧ぐ。

 

Tokyolite(FacebookTwitterSoundcloud)はインドネシアのインディーバンドで、R&B/ファンク、ヒップホップの濃厚なブラック・フィーリングに裏打ちされたサウンドと、the band apartやriddim saunterなどのコンテンポラリーな日本の音楽に影響を受けたというユニークさが話題になったバンドだ。彼らを紹介したり批評したメディアやブログはインターネット上に多数あるし、彼らのFacebookページのinfo(こちら)にもまとめられているのでそちらを参照していただけたら。僕がこのエントリーで書きたいのはそういう「レビュー」の類ではなく、Positive RecordsがTokyoliteというバンドを日本に紹介するに至ったその経緯だとか、実際にはそのときリリースの裏側でなにがあったのか?だとか、あのときリリースに関わっていた人間が持っていた熱、または「想い」について、だ。その「当事者」のひとりとして、30年後くらいに内幕みたいなのをどこかに綴るつもりではいたのだけれども、先のことなんか誰にもわからないし、本当に、なにがあるかわからないからね。僕がいつ文章を書いたり出来なくなるかもわからないわけで。語り手がいなくなったことによって、あのときの僕の気持ちとかそういうものがこの世の中になかったことにされる、それはなにがあっても許せないし絶対に嫌だ。僕の声は相変わらず小さいままだし誰にも届かないかもしれないけれども、ちゃんとこれは書いておきたいんだ。

最初にこのことは言っておくけれども、他人と比べても何ひとつ特別ではない、特別どころか劣ってるところばかりの「僕」でも出来たことだから、誰にでも出来る、そんなことなんだよ。

そもそも、僕がTokyoliteと出会ったのはいつ何処でだったのか記憶が定かではないのだけれど、インドネシアのDJ、Marteen Lu(Twitter,Soundcloud,Mixcloud)と僕は2012年の春くらい?にネット上で知り合って交流をスタートさせている。そのMarteenがマネージャーをしているというので興味を持ってSoundcloudでTokyoliteを聴いたのが最初だったのではなかったかな、とは思うんだけれども。(注・Marteenは現在Tokyoliteのマネージャーを降りた?降ろされた?ようです)同年7月にリリースされたTokyoliteの最初のシングル「Pre Issues EP vol.1」はあくまでもデモ的な位置づけだったし、僕もまあ面白いなとは思っていたのだけれど、当時の僕は現在まで続くカセット・カルチャーが海外でムーブメントとしてまさしく爆発しているのを追いかけるのに精一杯で、後回しにしていたというか。で、その後9月にYouTubeにアップされた彼らの新曲のMVを観て・・・え?こんないい曲書く連中なの!?と驚いた。冒頭で「コンニチワ」なんておどけるメンバーの姿や、フォーカスされる車中の光景でルームミラーに誇らしげに飾られたFender Japanのタグを見ても、彼らが日本のマーケットを意識しているのは確かなことであったし、なにかキッカケがあったら彼らは日本でもポピュラリティーを得る存在になるんじゃないか、というのは感じたんだ。
年が明けて2013年の1月にMVが公開された”Never Want”にしても、バンドの真価はまだまだ未知数ながら、日本の音楽に影響を受けたということだけがクローズアップされて終わってしまう、そんな「イロモノ」では終わらないであろう光を強く放っていた。
・・・とはいえ、僕が彼らに関わることになるとは、まったくもって予想もしていなかったのだけれども。
あの日のことはよく覚えている。2013年2月15日、日本時間で夕方くらいに、MarteenからFacebookを通じてのメッセージが僕に入る。TokyoliteのEPを日本でリリースしたい、日本のインディーレーベルを紹介してくれないだろうか、という依頼だった。いまにして思えば、彼はFB上での日本人のフレンド全員に同様のメッセージを送っていたんだろうけれどもね。そして、それに応じたくても音楽関係で人脈なんか持ち合わせていない僕は、Twitterでこんなツイートをしてみた。

このツイートに真っ先に興味を示してくださったのがPositive Records主宰のTheムッシュビ♂ト氏であり、Tokyoliteの日本リリースの実現の可能性に前向きになった氏がTokyoliteと僕のTwitterアカウントに、恐らくは何気なく送ったであろうこんなリプライを、僕はずーっと、それから2年が経った現在に至るまで、心のなかの大切な場所に仕舞い込んでいる。

「これから一緒にミュージック・シーンを築き上げていこうぜ!」

TokyoliteとPositive Recordsとが本当に一から信頼関係を構築していき、そののちにリリースされるEPより”Never Want!”と”Hello”の2曲での両A面のシングルカットという形態でPositive Recordsからリリースする、というコンセンサスへと至ったのはそれからたった5日後の2月20日の晩のこと。その翌々日22日の朝には「Never Want!/Hello」のリリース・・・と、このTokyoliteの日本デビューは非常にハイピッチで進められたもので、ここからが僕らの長い1週間の始まりであった。

Marteen/Tokyoliteとの交渉について。この日本リリースにかけるMarteenの熱意は僕、Theムッシュビ♂ト両名の想像を遥かに超えていて、毎日先方からの止まないメールの嵐に僕らは頭を悩ませることになる。当時僕らはふたりともフルタイムの仕事に就いていたし、1日に何十回と届く彼からの「どうなった?」というメールのすべてに返信するのは不可能な状況だった。そして、たしか18日の深夜だったかな、それまではTwitter、FacebookのみのやりとりだったTheムッシュビ♂トと僕のふたりがはじめて電話という手段を用いてお互いの状況、その時点で双方が持っている情報を共有しあうことになる。いまから振り返って考えると、Theムッシュビ♂ト/Positive Recordsにとっては初の海外アーティストとの接触ということに興味を持ちながらも、まったくの「他人」であったMarteenと不慣れな英語でコミュニケーションを図らなければいけないこと、また、その話を持ってきたのが以前からいくらかは交流を持っていたとはいえ、やはりどこまで信頼出来るかわからない「他人」でしかなかった僕であったこと。当時、Theムッシュビ♂トが抱えていたストレスは尋常なものではなかったのだろうな、と。その電話ならびにこのシングルのリリースをキッカケにしてTheムッシュビ♂トと僕の関係性が非常に密なものになっていくのだが、それはまたその後のハナシ。Theムッシュビ♂トがこの電話で僕に語ったことを集約すると、Marteenは今回のリリースに際して”Never Want!”を出してくれの1点張りだが、ただ1曲だけのリリースというのを認めてしまうとPositive RecordsがTokyoliteのSoundcloudになってしまう、それをやっても双方にとっていい結果をもたらすとは思えないので”Never Want!”にもう1曲を加えた2曲でのシングルをリリースしたいと考えているいうこと。そして、語学力的な問題から細かい部分の交渉は僕に窓口となって行って欲しいということ、またこのリリースの際にライナーノーツ/歌詞対訳を僕に一任したいということ(これはTokyoliteとPositive Recordsの交渉がスタートした段階から打診されていたことでもあった)・・・であった。その会話の翌19日の午前、Marteenと僕はこんな内容のチャットをした。「トシヒコさん(僕のファースト・ネーム)、タカヒロ(Theムッシュビ♂トのファースト・ネーム)は本当に信頼出来る人間なのか?彼は仕事中だからなんだろうけど、なかなかメッセージの返事も返ってこないし、Positive Recordsについてトシヒコさんはどう思うんだい?」「Marteen、彼は本当に音楽に対して誠実に向き合ってきた男だよ。Positive RecordsではTokyoliteのCDを販売したりするルートは持っていないかもしれないけれども、ネット上でリリースすることは出来る。彼はPositive Recordsからリリースする音源のすべてをフリーで出している、だって彼は音楽をみんなとシェアしたいと思っているからね」・・・そしてそのうえで、今回のリリースで日本のリスナーにインパクトを与えるためには”Never Want!”にプラスしてもう1曲を、という要望を彼に伝えたところ、彼から帰ってきたのは「Yes!」という回答であった。そしてその日の午後に、今回のリリースは”Never Want!”と”Hello”の2曲による両A面でのシングルで、という先方からの意向があったことをTheムッシュビ♂トから僕は伝えられることになる。このとき、Theムッシュビ♂ト、Tokyolite(Marteen)、僕の3者がようやく同じ方向を向けたんだと思う。J-POP専門レーベルを謡いながらも、そのリスクを承知で海外アーティストのリリースに舵を取らんとしたTheムッシュビ♂ト/Positive Records、その想いを受けてこの時点でバンドが持つ最良の楽曲2曲を出し惜しみせずに提示してきた、日本のリスナーに自分たちの音楽を届けたいと願うTokyolite(Marteen)、その両者の折衝役みたいなポジションにいた僕。あのとき僕らが抱えていたのは、ここからなにかが始まるのではないか、これをキッカケになにか面白いことがはじめられるのではないか・・・という、純粋な興奮だったんだ。

そして、そこからは僕の仕事だった。Theムッシュビ♂トがこのリリースにおいて描いていた青写真は、「洋楽の日本盤」的なものにしたい、ということであった。リスナーが音源をダウンロードしてiPhoneやiPodで再生するときに歌詞/対訳が表示されて・・・というのは彼が自身のリリースでもこだわってきた部分ではあったのだけれども、多くの音楽リスナーが体験してきたであろう、歌詞対訳を読みながら音楽を聴いて、アーティストについての情報をライナーノーツから得て、という音楽体験をこのTokyoliteのネットリリースで提示したいというもの。それで、この話を持ってきたのが僕だったからということ以上に、それまで僕が公開していた当ブログのエントリーや、過去に僕がいくつかの海外アーティストへのインタビューを行っていたこともあって、知名度もなにもないただのいち「ブロガー」である僕を信頼してくれてその歌詞対訳、またはライナーの作業をTheムッシュビ♂トは僕に一任させてくれた・・・そう、これは僕にとってはじめて人様からいただいた音楽にまつわる「仕事」で、僕がずっとずっと待ち望んでいたものだったんだ。気合いが入らないわけがない。英語に関しては僕は受験英語しかそれまでほとんど知らなかったし、それも独学で覚えた程度でお粗末なレベルなのだけれども、もうやるしかない。対訳にあたっては僕が10代のときに好んだとある対訳家の方の、意訳でも直訳でもない表現が混ざるスタイルを模したものにしようと考えた。歌詞に出てくる表現や、その意味・意図がわからない箇所について僕はMarteenに何度も何度もメールで尋ねて、彼からの回答を大まかにまとめただけのセンテンスを対訳のなかに滑り込ませてみたのだけれども、どうだっただろう。そして、次にライナーノーツだ。僕がイメージしたのはタワーレコードやHMVなどのCDショップの特設コーナーにTokyoliteのCDが平積みになっていて、そこに飾られているPOPに書かれている文章、ということ。今回の音源がTwitterなどで話題になったと仮定して、興味を持った誰かがBandcampページに飛んだときに長文がそこに書いてあってもそのすべてを読む人はいないだろうし、Tokyoliteの音楽の面白さやインドネシアのバンドが日本の音楽に影響を受けているという点を強調しつついかに端的に表現するか、というのがこのライナーノーツの核だと思った。しかし、それをうまくプレゼンするだけのテクニックが当時の僕にはなかったため(今もないけど・笑)、それをカタチに出来ないまま悩んでいた。で、TokyoliteのTwitterを過去に遡ってチェックしていたときに、彼らがRTした画像のなかになんでもないライブ会場の物販の光景があって。そこのブースに掲げられていた文字が僕の目に止まったんだ-「J-Indo」。心がざわめいた。J-IndoでGoogle検索をかけたところこんなTwitterアカウントは出てきたけれども、他には大して有効と思われる情報は出てこなくて。慌ててMarteenに「こういう画像を見つけたんだけど、J-Indoっていうのは日本の音楽に影響を受けたインドネシアの音楽、っていうことなの?そういうシーンがインドネシアには存在しているの?」とメッセージを送ったところ、彼から「Yes!J-Indoは日本の音楽やアーティストに影響を受けた僕らのコミュニティなんだ。僕らはときどきイベントを開催していて、そこには日本の音楽をカバーするバンドや、コスプレや、日本の文化に影響を受けたあらゆる人たちが出入りしているんだよ」という返信があった。・・・これだ、と思った。Tokyoliteというインドネシアのバンドを日本に紹介する際に彼らの本質を示すインデックスのようなもの、また、それが「J-Pop専門レーベル」を打ち出しているPositive Recordsからのリリースであるということにもに辻褄が合う、このプロジェクトの最後のいちピース、「J-Indo」・・・!!

こうして、2013年2月23日の土曜日に、Positive RecordsからTokyoliteのシングル「Never Want!/Hello」がリリースされた、というわけ。あらゆる物事が急ピッチで進んだし、僕の技量不足によっていろいろ問題はあったけれども、この企画に関わった人間全員が納得出来るパッケージを作れた、といまでも僕は自負している。ライナーノーツの最後に、「(text/古川敏彦)」と自分の本名をクレジットしたのは、文責を明確にして果たしたいということと、僕はここから公に音楽に関わっていくことになるんだろうなあ、色んなところに文章書いたりするようになるんだろうなあ・・・と自惚れかもしれないけれどもそう信じきっていたので、自分が誰か、何者なのかをちゃんと示そうと思ったので。まあ、そのあとお仕事いただいたりとかまったくそんな風にはならなかったんだけどな!

僕がTokyoliteに関わったのはここまで。そのあともMarteenから「この文章日本語に訳してくれよ!」とかってのはいくつかあったしそれに応じてはいたけれども、基本的にはなんにもしていないです。それははっきりしておかないと。

このシングルがTwitter上でちょっとした話題になり、インドネシア本国においてもTokyoliteがラジオ出演時のインタビューでPositive Recordsからのリリース云々なんて発言をしていたりして、インドネシアと日本の距離が縮まっていくのを感じたものだ。そして同月、TokyoliteはデビューEPとなるHelloを、自身のBandcampでリリースする。Positive Recordsからのシングル「Never Want!/Hello」の2曲と、彼らの最初のデモ「Pre Issue EP vol.1」の2曲の再録に加え、インドネシア語で歌われる冒頭のCobaを加えた5曲収録のこのEPは、さらに日本のリスナーを獲得して行くこととなる。その大きな要因のひとつとなったのが、Cookie Sceneにレビューが掲載され、Cookie Sceneの編集長伊藤英嗣氏がセレクターを務める、ototoyのTelevision Cookie Sceneにて彼らの”Hello”のMVがピックアップされたことだろう。あれから加速度的にバンドの知名度が飛躍した。Twitter上でTokyoliteの名前を挙げると彼らのアカウントが捕捉してRTして会話する、みたいな光景をもう毎日毎日目にするようになった。彼らの人懐っこさはどこでも好評であるようにみえたし、皆が皆、インドネシアというほとんどの人にとって未知の国からやってきた新しい友人たちを歓迎し、彼らとの交流を楽しんでいたのではないだろうか。そして、同年3月には日本のTanukineiri RecordsからEP収録の”Hello”のリリース。さらに東南アジアのインディーシーンを世界に向けて発信することを目的として掲げたSea Indieより”Move It”をリリース(この時期に、こちらにてTokyoliteの非常に興味深いインタビューが英語にて掲載されている)。アメリカのSENZU CollectiveよりEP「Hello」の再リリース(こちら)。そして5月にPositive RecordsとHand Craft Recordsの共同リリースという形でリミックス・アルバム「As Never Want Remixes More」をリリース(Positive Records版はこちら。Hand Craft Records版はレーベルのHPが消滅してしまっているので現在DLは不可能だが、トラックリストはPositive Recordsサイドのものと同内容)。バンドへの世間の関心・注目度がますます高まるなか、彼らはフジテレビの深夜番組「Asia Versus」にてライブ・パフォーマンスを行うため数日間の東京滞在を果たす(Asia Versus出演時の動画はこちら。また、その東京滞在時の彼らの動向をまとめたものがこれこれ。Asia VersusではGacktの激賞を得て、その結果同年12月に再度のAsia Versusへの出演を果たすことになる。そのときの動画がこちら。また、その2回目の日本滞在時には彼らのラブコールに応じたthe band apartとセッションを行い、そのことも大きな話題を呼んだ。そのときの動画がこれこれこれ)。9月にはCaro kissaによる”Hello“のカバーが、彼彼女らのSoudcloudにて公開される(このカバーをいま聴くと、この時期のTokyoliteにまつわる一連の「狂騒劇」への鎮魂歌のようにも聴こえて、非常に感慨深い)。年が明けて2014年1月にTanukineiri Recordsがリミックス・アルバム「Tanukineiri Sometuke Series Vol​.​1 ~TOKYOLITE~」をリリース。ここから1年、僕があまり熱心にバンドをチェックしていなかったから見落としていることは多いかもしれないけれど、アルバムからのティーザーとして「Jangan-Consolation Prize」をSoundcloudで公開した以外、Tokyoliteに大きな動きはなかったように思う。メディアの露出としては、インドネシア版Rolling Stoneにこんな記事が掲載されて、文中にもしっかりとPositive RecordsとHand Craft Recordsの名前がクレジットされていたり、米Pitchforkに日本のネットレーベル特集のエントリー(こちら)が掲載された際、Tanukineiri Recordsが日本を代表するネットレーベルのひとつとしてセレクトされてその文中にHoneybeatとともにTokyoliteの名前が挙げられたり、この2つはインパクトが大きかった。そして今年、2015年1月、バンドはその手数の多いプレイでTokyoliteを支えていたドラマーのGuruh Haryoの脱退を発表。そして、延び延びになっていたフルレングス・アルバムをもうすぐ発表予定、と。こんな感じかな。

Tokyoliteが戦略的に、なのか無自覚にやっていたことなのかはわからないけれども、同一音源を多数のネットレーベルからリリースする、というスタンスは結果として爆発的なリスナーの獲得を彼らにもたらしたであろう反面、例えばPositive RecordsとTanukineiri Recordsという、比較的ネット上でも近いところにあるレーベルからリリースをしたことによって、関係者多数が混乱に巻き込まれたりしたことは事実だろう(その両者にわだかまりなどはないだろうが)。また、バンドの窓口が誰だかわからない状況にだとか(←これに関しては、なんとなく最初のほうで対訳・解説に関わってからその立ち位置が不明瞭なままであった僕自身も、その責任の一端を担わないといけないのかもしれないけれども)、バンドが知名度を高めていく一方で契約など細かい部分を詰めていなかったことなどから、傷ついた人が多数いたことは確かだ。振り返ってみると、多くの人たちが無邪気でナイーブすぎたのかなとは思う。僕も含めて。それでも、きっとTokyoliteはアルバムのリリースを期に更なる飛躍を遂げるだろうし、それはきっと、とても素敵なこと。だって、インドネシアで日本のバンドの音源聴いて自分たちでも曲作ってさ、いつか日本に行くんだ!なんて思っていた若者たちの夢が叶う瞬間を、僕らは実際に目撃したわけだからね。決して諦めたりせずに強く願っていれば、そういうことがあるんだよ。

僕が極稀にTheムッシュビ♂トとTokyoliteの日本リリースのときの話をするとき(普段僕らはこのときの話を一切といってもいいくらいしないのだけれども)、いつもきまってふたりの結論は「あれは偶々そうなったんだ」ということ。「偶々」僕がそういう話をキャッチして、「偶々」Theムッシュビ♂トがその話に乗って、「偶々」Positive Recordsからリリースされた。ただそれだけのこと。冒頭でも書いたけれども、僕がやった「仕事」に関しては特に、僕でも出来たんだから、誰だって出来るんだよ。そして、僕らがやらなかったとしても、Marteenの情熱は確実に誰かに届いていまと同じ状況にまでバンドは来ていた。間違いなく、ね。それくらいにMarteenの意志、なにがあってもTokyoliteをリスナーに届けるんだ、という想いは強かったし、こういった音楽ブログをやっている身としてあの情熱が自分にはあるのか?とよく自問自答するくらい。彼は現在バンドのマネージャーではないようだけれども、彼とも最近はあまり連絡をとったりしてないのでその理由は知らないし、正直なところ知りたいとも思わない。けれども、Marteen、あなたが蒔いた種はこんな風に花開いたよ。・・・当たり前のように知ってると思うけれど。あのとき、あなたに関わらせてもらえたことは僕の一生の誇りです。ありがとう。

古川敏彦

 

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[PSTnet​-​012​]​ Never Want! / Hello by Tokyolite への6件のフィードバック

  1. 僅か8日程でリリースなんて、まるでニールヤングのオハイオの時のようなエピソード。これは関わった皆さんの情熱がなせた技かと。まずはそこに拍手を贈りたいです。

    「多くの人たちが無邪気でナイーブすぎた」。
    私自身も音楽の業界の端っこのほうに数年いたのでよーく分かります・・・。最初は純粋に音楽が好きで、人様から音楽についての仕事をもらうなんて嬉しい以外ありえなかった訳ですよ。それが何故かちぐはぐしてきたりとか、勝手が違うというか。それが時には悲しい結末になったりもしましたし。

    リリース当時もツイッター?に書かれたかと思いますが、ライナーノーツに本名を記された事をとても勝手に評価し、誇りに思っていました。ブログ内にも説明がある通り、「この人はちゃんとこの文章というか、この一連の騒動の責任を取るつもりなんだと」。一素人(と表現するにはちょっと抵抗もありますがw)がなかなか出来る事じゃないと思いますし、大きな一歩だったのではないかと想像しておりました。

    • Furukyan より:

      2年半このブログやってきてスパム以外では2回目のコメントだったのでドギマギしましたw
      こういうのって、大なり小なり本当にどこにでもある話だと思うんです。かの伊藤政則大先生もNWOBHMのコンピを91年かな?リリースしようとしたときに、関係者の多くが当時を振り返りたくないってコンタクトとれなかったっていうことをどこかで書いていて。たしか「傷ついた戦士たち」ってタイトルだったと思うんですけどwホント、アレはこういうことだったんだろうなあって。この感じ、わかっていただけると思うんですけど。
      この音源のリリース当時、僕なんかに関わってくださってた方々とみんなで一緒になにか楽しいこと出来るんじゃないか、ってのは思ってましたし、それが実現出来たかどうかはわからないですけど、またこういう機会を積極的にキャッチして、面白いことに繋げていけたらなあ、というのはホント思います。
      いただいたコメントはプリントアウトして部屋に飾りますね。ありがとうございます。本当に嬉しいです!

  2. 面白い内容だったので。
    文中にちらっと出てきたHand Craft recordsの元オーナーです。

    当時の様子はtwitterで眺める程度でしたがTokyoliteとコンタクトを取りはじめてた辺りから、こそこそと覗かせていただいてまして、Theムッシュビ♂トさんがいち早くリリースに興味を持って名乗りを挙げたという流れはとてもワクワクする流れでした。

    で、例のリミックスアルバムですが、実は元々はこちらのレーベルのみのリリースの予定だったんですよね。
    というのも最初こちらのレーベルに直接彼らからメールが届きまして、おそらくメールの内容見る限りPositive Recordsからリリースされるものとは別内容っぽいけど(メールにRemixという表現があったため)、万が一同じ様な内容で他のレーベルからもリリースするのであれば、最悪お断りしようと思ってTheムッシュビ♂トさんに確認のメッセージを遅らせていただいたんですよね。(例えば同じアーティストのリミックス集を出す場合、どうしても後発のレーベルの注目度は下がってしまいますから。Tokyolite自身にデメリットはありませんが、後発のレーベルでリミックスをされる方は割りを食ってしまいますよね)
    で、どうやらPositive Recordsからのリリースは彼らのオリジナルトラックのEPということが判明し、それならば共同でやりませんか?と提案させていただきました。
    共同でやる理由についてはその時点で日本でのリリースが確定していたのがPositive Recordsのみで、Never Want!/Helloが彼らの名刺代わりという状況でしたから、そこに付随してリミックス集も紹介していけた方が、バンドにとってもレーベルにとっても間違いなくプラスになりますし、ネットレーベルのフリーリリースという形態ならば、それこそ共同リリースという形は簡単にできるフレキシブルな環境なのですから良いことはあれデメリットはないでしょうから。(惜しむらくはTanukineiri Recordsからリリースという情報を私が捕捉できていなかったことです。それができていたら3レーベル共同、という形もあったのかもしれませんね)

    私はレーベル運営からはドロップアウトしてしまいましたが、結果的に共同リリースしたことによりPositive Recordsのページにあの作品が残ることになって良かったと思います。
    そうやって思い返していくと、文中にある「偶々」という言葉は非常に納得のいく表現だな、と思っています。
    「偶々」Positive Recordsからリリース予定の作品を、「偶々」私が知っていて、「偶々」その私のレーベルにリリース依頼が来た結果、上記の結果になった訳ですから面白いですよね。
    私も彼らの情熱の一端に関わることができてとても楽しかったです。

    • Furukyan より:

      コメントありがとうございます!件のリミックスアルバムの頃には僕自身バンドとの関わりはほとんどなくなっていたのでとても興味深かったです。というのと、こうやってレーベルオーナーという「当事者」の方にリミックスアルバムのリリースの経緯を言葉にしていただけると、どなたかがTokyoliteの日本リリース時のことに興味を持ってDIGって僕のブログに飛んできてくださったときに大きな資料になるので、非常に有り難いです。
      599さんのことは常々ムッシュさんよりお話をお伺いしておりました。エントリー文中では触れなかったんですけれど、あのリミックスアルバムの際もおそらくはたくさんのご苦労があったかとは思いますが、だからこそあれが出るときの世間がお祭りみたいになる感じっていうのはちょっと言葉にし難いくらいでしたし、それはやっぱりPositive RecordsとHand Craft recordsの「共同リリース」が産んだイベント感覚によるものだったんだなあ、と思いますね。
      たかだか2年前のことなのに今ではすごく昔のことのような気がしますし、けれども非常に濃密な時間だったなと僕個人としては感じています。レーベル活動、お疲れ様でした。今後のご健勝とご活躍をお祈りしております。

  3. Theムッシュビ♂ト より:

    このエントリについては古川さんと沢山打ち合わせとかで連絡取り合ってて、大抵話したいことは直接話したのですが、クローズドな場所ではないここで少しだけ。

    「Never Want/Hello」のリリースについては上記の通りですが、その後のお話は古川さんの「自分が関わったのはここまで」という潔い言葉の通りほぼ触れられてないのでその後のお話を。

    リミックス版「As Never Want Remixes More」のリリースについては599さんのコメントの通りで、599さんから「確認」のメールが来たときに僕と彼の間の空気は「困ったなw」という感じでした、最初は。

    でも、そこで599さんから共同リリースという形を提案されて、一緒に企画や作業を進めていくプロセスはとても楽しかったし、リミックス版ではSuperviserという立ち位置に入って貰って、Marteenをやや「蚊帳の外」にして、日本側のみで実際には進めていったんですけど、それでも何か連絡する度に彼が「それはエキサイティングだ!リリースが待ち切れないよ!」と言っていたのがとても嬉しかったですね。

    リミキサーの人選は僕と599さんで半分ずつ、プラスその時点でTokyoliteのリミックスを手掛けてた方に声を掛けたって感じで、それまで交流のなかった方にも関われたりと、ほんとに刺激的でした。ポジレコ版のジャケを担当したSiryuさんも「日本」を前面に押し出した良デザインを提供してくれたり(599さんデザインのハンドクラフト版ジャケも落ち着いていて好ましかったですけど、勿論)。

    まああと何度も発言してますけど、このリミックス版にTheムッシュビ♂トもリミキサーとして参加しているんですが、当初はプロデュースと企画だけの予定だったんですけど、古川さんの「Never Want」の対訳が美しくて、その歌詞に新しい解釈、新しいニュアンスを与えられるのではないかと思って作ったのが「Never Want(Good Bye My Dear)」でした。原曲のクールなサウンドの中では少し「強がってるような歌詞」を「別れた最悪の人を慈しむような歌詞」として響かせようという僕の試みは(今聴いたらテクニカルな話、だいぶ甘かったとは思いますが)リスナーの方にも受け入れられたし、成功したと自負しております。

    あと、tanukineiriさんの件ですが、オーナーの野田さんからもリリースについて問い合わせがあり、お互いに納得してのリリースでしたので最初から最後まで蟠りはなかったです。むしろtanukineiriからのリミックス版から「Never Want」が外れたのはそういう配慮だったのかなと勝手に感じたり。

    あと、僕の所属バンドであるBaaBooFAZがTanukineiriさんからネットリリースしているんですが、今にして思うと、このときに問い合わせがあったのが野田さんとのファーストコンタクトなので、それもBaaBooFAZがリリースした遠因というかご縁なのかなあと思ったり。

    不思議なものですが、Marteenの齎したきっかけで色々なものが繋がったんじゃないかと思い、(今その繋がりが離れている物事についても)いつかより大きな花になるんじゃないかと思っています。

    一つのリリースの裏にあったドラマを掘り起こして下さった古川さんにはほんとに感謝しかないです。ありがとうございました。そして今後ともよしなに。

    • Furukyan より:

      コメントありがとうございます!ムッシュさんとは日常的にメールやらTwitterやらでやり取りしているので、こういうところでのレスポンスっていうのに照れるっていうのがあったりするんですけどw
      こうやって色んな人のコメントが並ぶと、当たり前のことながら皆が皆「想い」を持ってTokyoliteにかかわっていたんだなあ、と。で、色々なところで落とし所を見つけて、アーティスト/レーベルはもちろん、僕らリスナーのひとりひとりに至るまで、みんなで一丸となってTokyoliteを「サポート」したんだなあと。それを実感します。
      本文では「偶々」という表現にはなっていますけれども、あのときTokyoliteに関わっていた日本サイドの人たちがみな一様に熱意があって、アイデアを形にしていく技術・能力に長けていて、やっぱりあれは「必然」だったのかなっていうのはありますね。惜しむらくは、そのムーブを側で見ていたにも関わらず、自分の技術不足でこの辺のことを僕が2013年に纏めることが出来なかったことで。あのとき、こういうガイドラインみたいなものをリスナーに提示することが出来たら、また他にも面白いことが出来たのではないか・・・というのは自意識過剰な言い方ではありますが。
      今後ともよろしくお願い致します!

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