村上亜賢ワンマンライブ決定

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村上亜賢(むらかみあさと:SoundcloudTwitterWeb)は大阪府茨木市出身のシンガーソングライター。その楽曲の求心力、艶やかな歌唱(に加えて、コレはあまり語られていないような気がするけれども、ギターのテクニックも相当なものだ)、端正なルックス・・・と、他のアーティストたちが羨むような要素を持ち合わせた、間違いなく今後の成功を約束されていると言っていいだろう、そんなアーティストだ。来月3月13日に彼のキャリア初となるワンマン・ライブが大阪の心斎橋ヒルズパン工場にて行われるということで、以前に当ブログでもこちらのエントリーにてほんの少しだけ彼の音楽について書いたことがあるのだけれど、いい機会なのであれこれ書いてみたいと思う。

僕が村上亜賢の音楽に最初に出会ったのは、2012年冬のこと。個人的に垂愛するThe ムッシュビ♂トがプロデュースで関わった1stアルバム「呼吸」のリリース記念として、彼の地元である阪急茨木市駅の駅前ロータリーで行われたストリートライブの模様をUstreamで視聴したときだった。それまでまったくこのアーティストに対する予備知識もなかったし、正直なところ「ライブハウスやストリートなどで活躍中のSSW」というだけで僕の好みの音楽がそこから飛び出してこない気もしたし、The ムッシュビ♂トが絡むならチェックだけはしておくかというか、まあそんな感じでほとんど期待はしていなかったのだけれども。そのUstreamの配信で彼の歌声を聴いてすぐに、僕はこのアーティストへの非積極的な態度を改めさせられることになった。

「呼吸」はライブハウスなどでのCDの手売りと、プロデューサーのThe ムッシュビ♂トが運営するネット・レーベルPositive Recordsからのネットリリース(フリーダウンロードはこちらから)という、変則的なスタイルでリリースされた。その辺の事情やレコーディングの進行などについてはThe ムッシュビ♂トのブログに詳しい(こちら)。村上亜賢本人は今作のレコーディングにあたって楽曲毎にバンド・サウンドやDTM的要素を加えたり、iPhoneのボイスレコーダーで録音したトラックを用いたり・・・と、様々なアイデアを持ち込もうとしたようだが、そのことによって各曲の方向性やその核となる求心力が拡散してしまうことを恐れたThe ムッシュビ♂トの判断で、アルバム一枚を通してアコースティック・ギターと歌のみ、という簡素なプロダクションが施されている。まるで自己と対話をするかのような内省的なトーン(そしてそれはアルバム随一の名曲”BLACK”で頂点に達する)と、クリーンなギター/透明感のある歌声が鮮烈な作品で、僕はこのアルバムのリリース当時、なにかに縋るようにして何度も何度もこのアルバムを聴き、そのたびに救われる思いがしたものだ。

彼は事前の告知などもなく、突発的にスタジオや路上での演奏光景をUstreamで配信することが多々ある。僕の村上亜賢像-繊細な音楽を奏でるSSW(←これに関しては僕だけでなく、「呼吸」を聴いたほとんどのリスナーが同様の印象を抱くと思うのだけれど)―をまったく違うものへと変えてしまったのが、「呼吸」のリリースから数ヶ月後に、スタジオでのリハーサル/スタジオライブの模様を配信したUstreamだった。FenderのストラトキャスターをJCに直結させ、金属的なサウンドで披露した彼の代表曲「再生の歌」は、キャリア初期のJeff BuckleyやTom Verlaineなどを想起させるような凄まじいもので、PCのモニター越しにすらその情動と熱気がリアルに伝わってくるようだった。このとき僕は確信した。村上亜賢の音楽の本質は、ロックンロールそのものなのだと。

そして、「呼吸」のリリース以降の数々のライブやUstreamにおいて彼が模索していたものこそ、ロックンロール的な熱量をどのようにして自身の楽曲でありパフォーマンスで放出していくか・・・言い換えるならば、ともすると平面的になりがちなアコースティックギターの弾き語りというスタイルで、いかに肉体性=グルーヴを獲得するか、ということであったはずだ。その成果といってもいいものを、今年1月7日に大阪・南堀江Knaveで行われたライブ・パフォーマンスにて彼は観客に披露している。

あの日のライブについて触れる前に、村上亜賢にとっての最初の大舞台となった難波Rocketsでのライブの話を書いておこう。昨年11月の末にチャージフリーで行われた企画ライブの出演順2番手として、彼は大阪を代表するライブハウスのひとつである難波Rocketsのステージに立っている。その日のRocketsに訪れた観客の8割以上が他の出演者を観に来た方々だったと思うのだけど、そんな人たちを蹴り飛ばして強引に自分に関心を持たせるかのように、彼は緊張感溢れるパフォーマンスを叩きつけた。この日の演奏には本当に鬼気迫るものがあった。1曲1曲が終わるたびに会場が無音に包まれかけても、彼が客席に「ありがとうございます」と曲の終わりを告げるまで、拍手や歓声を上げたり・・・どころか、音をたてる行為の一切を憚られるような、異様なテンションに会場が支配されていた。観衆の皆が、ステージ上の彼が醸し出す厳格な雰囲気に飲まれているようだった。この日の会場には彼に由縁のあるBaaBooFAZ(村上亜賢はこのバンドのオリジナル・ドラマーでもあった)の面々やCaro kissaのメンバーが仲間の晴れ舞台を祝うために駆けつけていたのだが、彼彼女たちも喚起されるものが大いにあったのであろう、次にこの大きなステージに立つのは自分だ・・・と言わんばかりに、皆が終演後に目をギラギラさせていたことが非常に印象深い。

asatomurakami0107141月にKnaveで行われたライブについて。全5アーティストのうち4番手として、彼はこの夜が初披露だったというギブソンのJ-45チェリーサンバーストを抱えて、裸足でステージに上がった。Rocketsでのライブのテンションが嘘のように、リラックスしたムードに包まれてトラッド・フォーク色の強い1曲目”痛いの痛いの飛んでゆけ”でスタートしたこの日のライブは、自身初となる他アーティストへの提供曲”意味がない”(沙糸(さいと)しろたまというアーティストへの提供曲で、今春のM3にて発売予定とのこと)の軽快なロック調のセルフカバーを経て、ゴスペル・フォーク・ソングよろしく祈りを捧げるかのような”人間”へと続く。彼の現在の音楽的志向性と、名機といわれるJ-45の相性の良さは抜群で、泥臭い音を奏でながら時にボディをパーカッションに見立てて右手で叩き、またはステージを足で踏み鳴らしながら、全身で音楽を表現するかのようなパフォーマンスで観客を引き込んでいく。この日演奏された楽曲のうち唯一アルバム「呼吸」収録曲である”再生の歌”のあとに披露されたラストナンバー”一匹のカラス”が、この日のハイライト。前述した肉体性=グルーヴがカタチになって吐き出されたこの楽曲の熱量は半端なものではなかった。この曲のダイナミズムを浴びながら、僕は1974年にロック評論家のジョン・ランドーがリアル・ペーパー紙に寄稿したあの名文を思い出していた。「今夜僕は昔のように意気込んだ気持ちでひとりのミュージシャンをみんなに吹聴しようと思う。きのうハーヴァード・スクエア・シアターで、これこそロック ンロールだとしか言いようのない音楽が、僕の目のまえを閃光のように駆けぬけていった。僕は、たいへんなものを見てしまった。僕は、ロックンロールの未来を見た。その名は、ブルース・スプリングスティーン」・・・。10代の多感な時期にロック批評史上もっとも有名なこの1文と出会ってから、僕はそんな夜に立ち会えたら一体どんな風なのだろう?とよく夢想したものだ。まだ無名なアーティストが決して多いとはいえない観客の前で渾身のパフォーマンスを披露し、彼彼女にとってのブレイクスルーとなっていく、ロックンロールのヒストリーに燦然と輝く夜。そのスプリングティーンのライブだとか、ジェフ・バックリーが父ティム・バックリーのトリビュート・コンサートにて、幼少期から会ったことのなかった父への恩讐を越えて父の曲”I Never Asked To Be Your Mountain”を歌った夜だとか、76年にマンチェスターにてたった42名の観客の前で行われ、のちにそのライブに感化されてBuzzcocks、The Smiths、The Fallを結成する者がそれに含まれていたというSex Pistolsのライブだとか。Pistolsに関してはちょっとニュアンスが違うかもしれないけれども、そういった伝説的な夜。あの日のライブがそういったライブだったのか、いまはまだわからない。村上亜賢というアーティストがロックンロールの未来なのかどうかも僕にはわからない。けれども、あの晩に。これこそロック ンロールだとしか言いようのない音楽が、僕らの観客の目のまえを閃光のように駆けぬけていったということは確かなことだ。あの夜、ライブハウスに居合わせた僅か20人余りの人たちはそのことに頷いてくれると思う。

そして、今回決まった初めてのワンマンライブである。彼がライブで発揮するそのポテンシャルが、複数アーティストが出演するイベントでのショート・セットにはまったく収まりきらなくなってきていることは感じていたので、フルサイズのライブが観れるというのは楽しみでしかないし、彼にとってはじめて自分を、自分「だけ」を観に来る観客たちと対峙するライブということで、それを経て村上亜賢というアーティストの意識がどう変わっていくのかを確かめていきたいとも思う。もしかしたら、僕がこうやって熱っぽく書いていることを、ハイプだとかステマだとかっていう風に感じる方もいらっしゃるのではないか。本当にそんなすごいのか?と。そんな方は先日行われたUstreamのアーカイブ(こちら!!)を見ていただけたら、と。1曲目からもうとんでもないことになっているので。ただ、彼が発表している唯一の音源「呼吸」(注・未確認であるが、「呼吸」以前にもフィジカルでシングルをリリースしているという説もある)と、「現在の」村上亜賢の音楽性とには隔たりがあるのことは確かなのだけど、その乖離については今後リリースされるであろう彼のセカンドアルバム自身が解消してくれることだろう、としたうえで。そのセカンド・アルバムの方向性を占う意味でも、このワンマン・ライブに注目だ。

カテゴリー: folk, R&R, SSW パーマリンク

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